毎回財布の貨幣を見ると思うのですが「どうしてこんな紙切れやコインが額面通りの価値があるのだろう」と思います。
一般的に1万円札(他の5000円札や1000円札も)の製造コストは「17円程度」とされています。
ここに製造費や人件費などの減価償却費が含まれているかは分かりませんが、概ね20円行かない程度でしょう。
ではなぜ、こんな紙切れやコインが額面通りの価値があるとして流通しているか考えたことはありますか?
身近な疑問の見ていきましょう。
元々貨幣というものができるまでは世の中は物々交換だった
元来、何千年もの昔では貨幣という概念がなく、欲しいものを手に入れるには相手が欲しいものと交換する「物々交換」が基本でした。
等価交換が基本であり、売り手と買い手が価値が釣り合っていると判断した時に交換するのが本来のあり方でした。
今でももちろんありますよね。
自分の欲しいものと相手の欲しいものが一致した時に交換するのは珍しくはありません。
交換が成立するのは「お互いが欲しいものであり、同等の価値があると判断しあう」から成立するものです。
ではなぜ物々交換から貨幣というものが作られたのか?
世の中物々交換で済めばわざわざ貨幣なんてものは作る必要がないのでは?と考える人もいるでしょう。
全くもってその通りです。
世の中全て物々交換で済めば貨幣なんてものを作り必要はありません。
ではなぜ貨幣が作られたのでしょうか?
その最大の理由は大きく分けて2つあります。
1つ目は「需要があるものがいつでも流通するとは限らないこと」
2つ目は「価値の尺度となるものが曖昧であったこと」
です。
1つ目の理由について
当然貴重なものは価値が高く、皆が欲しがるものですよね。
世に言う「プレミア物」というものです。
しかし、プレミア物は価値が高い=需要が高い=入手が困難=流通しにくいという構図です。
これは需要と供給のバランスというものです。
需要が高ければ価値は上がり、低ければ価値は下がる。
供給が高ければ価値は下がり、低ければ価値は上がる。
これは経済では不変の原則です。
皆が「プレミア物としか交換しません。他では物々交換しません」と言えばどうなるでしょうか?
買い手は物が入手できず、売り手は全く売れずという形になります。
そうなると経済は停滞しますね。
物は巡らず、買い手も売り手も非常に困ります。
かと言って、買い手も相手が欲しがる同等の価値のものを用意するのは困難、売り手もそう易々と皆が欲しがるものを渡すわけにはいきません。
そこで考案されたのが「安定して入手でき、価値があるもの」として貨幣ができました。
日本で言えば一番最初に貨幣として流通したのが「富本銭」とされています。
当時は金属も手に入りにくく、加工技術も今とは比べ物にならないほど低かったですが、貨幣としての機能は十分であったとされています。
貨幣としての価値とは?
詳しいことは後述しますが、貨幣は「価値がなければただのコイン」です。
昔でも貨幣が価値を保っていたのは
・そのもの自体が価値があるものであること
・容易に偽造できないこと
の2つの要件が重要なのです。
こうして、貨幣は広く価値があるもの、物の代わりとして入手しやすいものとして普及していきました。
2つ目の理由について
物というのは価値が上がることもあれば下がることがあります。
話題のポケモンカードに然り、グッズに然り、貴金属も例外なく、物というものは重要と供給のバランスの影響を受ける以上価値が上下します。
もし物々交換の状態であれば、昨日は1万円であったものが、今日は5000円となっていることも珍しくない世の中になります。
そうなると価値の担保ができないのでこれまた売り手と買い手が困ります。
昨日は貴重なものであっても、今日はたくさん流通したために入手しやすいもの=価値が低いものとなるわけです。
そして、ここからが重要です。
「価値の尺度となるものがないとそれが貴重なのかどうか分からない」というものです。
尺度というのは「基準」です。
この基準=尺度が非常に重要なのです。
毎日いちいち物の価格をチェックして売買するとなると、売り手も買い手も大変ですよね。
ここで、「いつでもそのものが同じ価値のもの」があったらどうでしょうか。
世の中の需要や供給に左右されず、「安定して同じ価値があるもの」があれば…
それは非常に有難いですよね。
買い手としてもそれがあればいつでもどこでもその価値と同等で手に入れられる。
売り手としても安定してそのものと交換できる。
これこそが貨幣の価値で最も重要なのです。
「いつでもどこでも同じ価値が保証されている」
それが貨幣の最大の特徴なのです。
1万円であれば1万円と同じ価値があるものと、1000円なら1000円と同じ価値のものと交換できる。
貨幣は尺度であり、価値の基準となるのです。
「るろうに剣心」という漫画に以下のように書かれています。
<るろうに剣心 北海道編26話より引用>
・いつ使っても
・どこで使っても
・誰が使っても
その額面通りのものと交換できる
これこそが貨幣の真の価値です。
そういう意味では、最も平等で、最も尺度として価値が保たれたものだと思います。
もし貨幣が大量に世の中に出回ると…
よく「世の中にお金が足りなければ貨幣を大量にばらまけばいいのでは?」と言われますよね。
ちょっと経済の知識があれば「そんなことをすればインフレが超加速する」というのは分かりますよね。
ではなぜ、「貨幣が大量に市場に出回るとインフレが進むのか?」
ちゃんと考えたことはありますか?
貨幣と言えども物は物
まず、上でも述べた通り、「貨幣は物々交換の代替物」であることが本質です。
つまり、貨幣も物であることに変わりはありません。
そしてこれも上で述べた通り、「物である以上、例外なく需要と供給の影響を受けて価値が上下する」というのが重要です。
貨幣が市場に大量にばらまかれるとどうなるのか。
供給過多となり、需要が下がります。
需要が下がる=人はその物に価値を見出さない=価値が下がると繋がります。
つまり、10000円が10000円でなくなり、価値が下がります。
そうなると、逆に貨幣の交換対象物である物の価値が上がります。
物の価値が上がる=物価が上がるというわけです。
物価が上がるのはインフレーション=インフレです。
これで分かりましたね。
・貨幣と言えども物であることに変わりなし
・大量に流通すれば、供給過多で価値が下がる
・相対的に物の価値が上がり、物価高を引き起こし、インフレが加速する
これが理由です。
貨幣の価値が下がってインフレになった例は過去にたくさんあり
貨幣の価値が下がってインフレを起こした例は過去にたくさんあります。
日本でも江戸時代に粗悪な貨幣である「鐚銭(びたせん)」が出回って、貨幣の信用がなくなり物価高になった例があります。
もっとも有名なのは「ジンバブエのインフレ」ですね。
まだ最近での例であり、歴史史上最悪クラスのインフレを引き起こし「100兆ジンバブエドル紙幣」なんてものが発行されました。
インフレを超えたインフレ、「ハイパーインフレ」のもっとも典型的な例の1つです。
なぜジンバブエドルがハイパーインフレになったのか
ちょっと話題がそれますが、このハイパーインフレについて紹介します。
まずジンバブエという国について知っておく必要があります。
ジンバブエはアフリカ大陸の国の1つです。
アフリカの国は欧米の国の支配を永らく受けていて、1960年代から順次独立した国です。
しかし、独立後も欧米の影響が濃く残った国や、独立後の経済が貧しい国は多かったです。
今なおアフリカの多くの国は貧しいのは知っての通りです。
ジンバブエの成り立ち
ジンバブエも経済的に貧しい国で、元々はイギリスの支配を受けていて1980年に同率を果たしました。
初代大統領としてカナーン・バナナ氏が、初代首相としてロバート・ムガベ氏が選任されました。
独立を果たしたまではいいのですが、上記の通り、すぐに欧米の支配色を排除するのは困難です。
いきなり支配者が変わってすぐに対応できる国民はいないでしょう。
緩やかに政策を浸透させていく必要があるのはあるのは自明の理です。
旧支配層の土地没収が事の発端
そんな中ムガベ氏が大統領になってから、旧支配層である白人の土地(農場)を没収し、他の一般民(自国の共同農場で働く黒人農民)に再分配するという強硬策(ファスト・トラック)を取りました。
当然、元々の所有者たちは猛反発し、「こんな国にはいられない」と次々と国を出ていきました。
当たり前ですよね。
いきなり役人がやってきて「あなたの土地は今から没収します」なんて言われたらたまったものではありません。
これにより、国を支えていた旧支配層がいなくなったことで国の農業技術は一気に廃れ、農作物が十分に作れず、食糧危機を引き起こすことになりました。
これが事の発端です。
食糧危機で物価高が始まる
農作物が取れない=農作物の価値が上がるというのはもう分かり切ったことですね。
ここで対策が打てれば良かったのですが、そう簡単にはいきません。
食糧危機は一向に収まらず、市民は物価高と飢饉に苦しみ政府に反対デモを企てるも、ムガベ大統領は一向に聞かず、市民の反対を鎮圧、弾圧します。
政情不安が加速、物価高は青天井の域へ
一向に改善されない食糧危機や政情不安が続く中、ムガベ大統領は公務員や軍人の給料を払うために、貨幣を発行し続けました。
まさに「金がないなら作ればいい」状態です。
これがどういうことかはわかると思います。
物の供給が少ないのは上記の通りです。
でも貨幣は止まらずに発行し続けられる
こうなると市場に貨幣が溢れかえり、貨幣の価値は下落します。
結果、物が増えないのに貨幣だけが増え続け、日に日に物価が急上昇しました。
最大時は公式発表では「前年比355000%」=物の価値が1年で「3550倍」という凄まじいインフレを起こしました。
(100円のものが、次の年には35万5000円になるということ)
非公式発表では実態は「2億3100万%」=1円が次の年には2億円を超えるという凄まじい状態だったとも言われています。
通貨切り下げ=デノミネーション(デノミ)へ
当然ですが、ここまで物価が上がっては紙幣は紙くずになり、1つ物を買うのにも大量の紙幣を渡す必要があります。
歴史の資料集で、第1次世界大戦に負けたドイツが戦争の賠償金に苦しみ、それでも紙幣を発行し続けた結果の画像を見たことがあると思います。
以下の画像(子どもが札束で積み木のように遊ぶ画像)ですね。
そこで取られたのが通貨の単位を切り下げるデノミネーション(デノミ)です。
通貨切り下げというのは、紙幣の0を減らすための対策と考えればよいです。
あまりに0が増えすぎて困るので(例えば0が10個もあったら見にくいでしょうし、数えるのも手間です)、例えば旧1億円札を新1円札と交換するということです。
これが複数回行われ、インフレとデノミが複数回起こった結果、「100兆ジンバブエドル」という衝撃的な紙幣が誕生しました。
文字だけ見ればまさに大金持ちの気分です。
ちなみに、政府のジンバブエドル回収前のレートでは100兆ジンバブエドル=約0.3円と1円の価値すらなかったようです。
いかに、ジンバブエドルの信用がなかったのかが分かりますね。
外貨代替でインフレの終息へ
もはや国内の通貨は完全に信用を失ったので、外貨(外国の貨幣)が流通するようになりました。
ジンバブエでは米ドルや南アフリカランドが導入され、ハイパーインフレ中もこちらが一般通貨として使われていたようです。
2009年2月には正式に米ドルを給与として払うことを表明し、ジンバブエドルは使用されなくなりました。
正式表明後はジンバブエドルは市場から回収され、今は使用不可となっています。
海外はもちろんのこと、ジンバブエ国内でもジンバブエドルは現在は一切無価値です。
ただ、あまりに衝撃的な貨幣のため、貨幣としての価値はなくてもお土産としての価値はあるようです。
(実際今でもフリマサイトなどで売られています)
まとめ
どうでしょうか?
貨幣がなぜ価値があるのかが分かったと思います。
それは、「価値がその国で担保されているから」です。
価値を保証してくれるもの=国がいて、基準があるからこそ貨幣は成り立つのです。
しかし、あくまで物々交換の代替手段であり、需要と供給のバランスが崩れればジンバブエドルのように貨幣の信用がなくなり無価値同然になることもあるということです。
10000円がずっと10000円であり続けられる保証はありません。
政治が不安定になったり、物価高が進み過ぎると日本でも10000円札が紙くずになることも十分あるわけです。
今も物価高が続いているので明日は我が身かもしれないということを忘れてはいけません。